漢方コラム
心のつらさについて~陰陽の概念で~
心の問題というのは、一筋縄ではいかないものです。
ひとそれぞれ、心がしんどくなることはあります。
自分の中から生じるツラさ。
他の人と比較してしまって起こるツラさ。
「こうでなければならない」
「こうありたいのになれない」
自分はダメなのではないか……。
そういうジレンマに苦しんでいるように感じます。
それってどこからきているのでしょう。
陰と陽で考えてみる
漢方では「陰」と「陽」の概念があります。
漢方でいう「陰陽」について、ここではあえて記しませんが
シンプルに、明るいことが「陽」、暗いことが「陰」
ポジティブを「陽」、ネガティブを「陰」とします。
例えば、昼を「陽」、夜を「陰」
一年のうち「春夏」を「陽」、「秋冬」を「陰」とすると
「陰」と「陽」は相対的です。
「陰」と「陽」は、釣り合っているのが自然だったりします。
そんなことを考えていると、
自分が「こうあるほうが良い」「人ってこうあるべき」と理想的な「ポジティブ」な面と、
「こうあるほうがいいけど、そうできていない部分」の「ネガティブ」な面を持ち合わせているのは自然で
できていない自分を「ダメだ」と思ったり、責めたりする必要はないんじゃないかな、と思うわけです。
例えば、「積極的なのがよい」と思っていると、「積極的にできない消極的」な自分はダメなのか、というとそうではないのです。
積極的な部分もあれば、消極的な自分もいる
ある事柄に対しては「積極的にいけるのに」ほかの事柄には「消極的になる」ということもあります。
不安感のもと
もしかしたら、精神的に苦しんでいるのって、
「こうあるべき」
「こうありたい」
という思いが大きくなっているのかもしれません。
ほかにできていることがあるのに、できていない事柄をクローズアップして自分にダメ出ししていませんか?
「不安感」って、ご自身の中に「あっても良い」、というか、「ある」のが自然なこと。
本当は「陰」と「陽」、両方もっているのに、自分で「陰」の方だけ、すごーく大きく見えているのかもしれません。
ここで、「陽」がよくて「陰」がだめ、というのではないのです。
「陰」も「陽」と同等に尊いのです。
易経講話という書物に
「純粋な陰」についての記載があります。
「純粋な陰」は、
「すべて消極的で すべて自然の成り行きに順応していくもの」
「全く無力であり」
「純粋の消極であって、何にもない」
そして「何にもないところが非常に尊い」とあります。
また、
「必ずしも陽を善とし陰を悪とするのではない」のだそうです。
だから、「不安」な自分も、「やる気のない」自分も、「尊い✨」と認めてあげちゃうと気楽かもしれませんね。
さいごに
今回は、抽象的で分かりにくかったでしょうか……。
こころとからだは一体。
私たち人間は、天の気候と大地の運行の間に立っています。
ことしの気候の寒暖差で、体調を崩す方が多くいらっしゃいます。
この気候に身体がついていかず、メンタルも崩れたように感じることもあります。
人って自然の一部ですものね。
自然のめぐみ、漢方で役立つことがあるかもしれません。
お一人で悩まず、ご相談ください。
参考文献:易経講話 公田連太郎述 明徳出版社