漢方コラム
血の巡りを整える「当帰芍薬散」の3つの生薬
「ドラッグストアで漢方薬を買ったけれど自分に合っているのか分からない」
「どれも生理痛、生理不順と書いてあるけれど、違いが分からない」
という声をよくうかがいます。
漢方薬は、生薬が組み合わさってできたものなので、生薬のことが分かれば楽しくなるかもしれません。
「でも、どの生薬も同じにみえて分からない!」
そんな声が聞こえてきそうです(初学の頃の私がそうでした汗)。
そこで、少しでも漢方薬、生薬にご興味がおありの方に、少しずつエピソードを交えながら生薬のご紹介をしていきたいと思います。
今回は基本的なところで、前回のコラムにてご紹介した「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」に含まれる生薬のうち、血の巡りを整える当帰・芍薬・川芎をご紹介します。
(前回のコラムhttps://www.wakakusa-kanpou.com/archives/2400)
当帰芍薬散の構成生薬
当帰 芍薬 川芎 茯苓 白朮 澤瀉
当帰 芍薬 川芎
茯苓 白朮 澤瀉
血の流れを整える生薬 その1〜当帰(トウキ)~
当帰(とうき)という生薬は、当帰芍薬散の他にも、多くの漢方薬に配合されています。
例えば、当帰建中湯、当帰四逆湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、温経湯、続命湯、温清飲、当帰飲子、逍遥散、加味逍遙散、折衝飲、連珠飲、十全大補湯、人参養栄湯、補中益気湯、味麦益気湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏など…。(緑色は「傷寒論・金匱要略」に収載されているもの)
当帰の名前の由来
「当帰」の名前の由来は様々あります。
病弱で子供がなかなかできなかった女性が、実家に帰って療養中に当帰を服用して元気になり、しかも前より美しくなり、嫁、家に「当(まさ)に帰る」ことたできた、とか、夫の元へ「当(まさ)に帰るべし」と母に言われたという説や、出産のために実家に帰った嫁が、当帰を産後に服用して元気になり、嫁、家に「当(まさ)に帰る」ことができたという説などが伝えられています。
いずれにしても、効能からその名がついたということですね。
セリ科のかわいい散形花序
トウキ又はホッカイトウキの根を、通例、湯通ししたものが、生薬の当帰(トウキ)です。
トウキは、日本では17世紀の中期に京都や奈良で栽培が始まりました。現在では奈良、和歌山県で栽培され、「大和(やまと)当帰」「大深(おおぶか)当帰」の名で知られています。また、学名の「ホッカイトウキ」は、昭和に入って北海道で生産されるようになったことが名前の由来です。
植物のトウキは、セリ科の多年草です。8~10月頃にいかにもセリ科という傘を開いたような複散形花序を頂生します。
一つ一つのお花がとても可愛らしくアップで写真を撮りたくなります。
(2012年6月静岡にて)
(2018年6月東京にて)
トウキの思い出
コロナ禍に入りたての2019年秋、ご縁があり能登の薬用植物の圃場を訪ねたことがあります。そこは、御影雅幸先生が生薬の国産化に取り組んでいらっしゃる圃場で、マオウの国産化に成功された圃場でした。広大なマオウ畑の隅に実験的にいくつかの薬用植物が植えられており、その中にトウキがありました。
「匂いをかいでごらん」
と先生にいわれて、香りを嗅いでみると…
なんていい香りでしょう!
(能登で実験的に栽培されていたトウキ。2020.10)
普段、店で「当帰」を生薬として扱っているときに漂ってくる香りとベースは同じなのですが、そこにフレッシュ感が際立っている感じ! 思わず、
「いい香り! 美味しい香りだ!」
と叫んでしまいました。
奈良県のトウキ
お米でもブランドがあるように、当帰としては大和当帰(ヤマトトウキ)という品種が有名で良品とされています。
ところが、奈良県の大和当帰は、生産者の高齢化などで生産量が激減した時期がありました。
最近になり、自治体が生産に力を入れ、奈良県ではトウキの葉を練り込んだパスタ、焙煎大和当帰茶などの開発が行われているようです(生薬国内生産の現状と問題:日東医誌 vol.68. no3.2017)。
私がトウキの葉の香りを「美味しい!」と思ったのも、まんざらでもない嗅覚だったのかも知れません。
当帰の働き
当帰の気味:甘温(あまくてあたためる)
生薬の当帰には、体の中を温め、気血の巡りをよくし、手足の冷え、お腹の痛み、胎を安んずる働きがあります。貧血、冷え性、月経不順など婦人病の主薬です。血液循環を高める働きがあります。
荒木性次先生は、著書の「新古方薬嚢」において当帰の効用を「当帰、甘温。中を緩め、外の寒を退け、気血の行りをよくすることを主どる、故に手足を温め、腹痛を治し、内を調へ血を和し胎を安んず、これ当帰の好んで婦人血の道の諸病、諸の冷え込み等に用ひらるる所以なるべし」とおっしゃっています。
この荒木先生の効能についての教えは一見難しい感じがするかもしれませんが、とても絶妙で、噛めば噛むほど味が出る内容になっているので、これからも生薬の話の中で登場します。
血の巡りを整える生薬 その2〜芍薬(しゃくやく)~
芍薬という生薬は、当帰芍薬散以外にも
例えば、桂枝湯、葛根湯、桂枝加芍薬湯、桂枝加黄耆湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、桂枝加苓朮附湯、桂枝茯苓丸、桂枝芍薬知母湯、四逆散、小建中湯、小青竜湯、真武湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、温経湯、折衝飲、人参養栄湯、連珠飲、七物降下湯など…
非常に多くの漢方薬に配合されています。
ボタン科の美しい芍薬
五月になるとシャクヤクの花が見頃となります。シャクヤクは園芸種も多くあり私たちを楽しませてくれます。シャクヤクはボタン科ボタン属に属し、お花はボタンと似ていますが、シャクヤクは草、ボタンは木という点で異なります。冬になるとシャクヤクの地上部は枯れるけれど、ボタンは木が残っているので見分けがつきます。
(2019年5月東京にて)
(2014年5月小石川にて)
漢方ではシャクヤクの根を用います。生薬名も「芍薬」です。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という表現は、美しい女性の立ち居振る舞いを譬えているとの説が一般的ですが諸説あります。
植物の形態からすると、芍薬は枝分かれせずに真っすぐな形で立ち、牡丹は枝分かれした横張りの樹形で座っているように見えるとか、芍薬の花は上を向いて咲くのに対し、牡丹は下を向いて咲くことを表しているという説があります。
漢方的には、「立てば芍薬」は立った姿がひょろひょろと色白で血虚(血が不足)の状態で「芍薬」が必要、「座れば牡丹」は瘀血(血の滞り)のためにお尻が重くてどっしりとして座ってばかりいるのを「牡丹皮(ぼたんぴ)」で治す、「歩く姿は百合の花」は精神を病んでふらふらと歩いている女性には百合根の「百合(びゃくごう)」が効く、との説があります。
芍薬の効能
芍薬の気味:苦平←苦くて、温めも冷ましもしない(私は「苦微寒」少し冷ます働きがあると感じています)
薬徴には、結実して拘攣するを主治し傍ら腹痛、頭痛、身體不仁、疼痛、腹満、咳逆、下痢、腫膿を治すとあり、
荒木性次先生は新古方薬嚢の中で「芍薬はよくたるみを引きしめ痛みを除くの効あり、結実も拘攣も弛みより来るものと見るべし」と述べられています。
芍薬には、「たるみを引き締め、引き攣れを緩め、痛みを除く」働きがあり、腹痛、頭痛、咳逆、腫膿等を治します。
芍薬が配合されている漢方薬が、婦人科のものだけではなくて、風邪の初期から用いるものをはじめ様々なものに配合されていることから、その働きも見て取れます。
血の巡りを整える生薬 その3〜川芎(せんきゅう)・芎藭(きゅうきゅう)~
川芎という生薬は、当帰芍薬散以外にも多くの漢方薬に配合されています。
例えば、温経湯、酸棗仁湯、続命湯、芎帰膠艾湯、温清飲、芎帰調血飲、四物湯、十全大浦湯、十味敗毒湯、折衝飲、疎経活血湯、当帰飲子、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、連珠飲、葛根湯加川芎辛夷など…。
不思議な形の生薬・川芎
生薬の川芎は、実に不思議な形をしています。ごつごつ、ぐるぐるとしています。
まるで脳みそのよう。
生薬というのは、その形や、元の植物の生息状況に応じた働きを見せてくれることがあります。
この川芎の脳みそのような形は、その効能にも表れているようです。気のめぐりをよくして、のぼせを下げ、頭を軽くする働きがあり、脳の働きにも作用すると考えられています。
セリ科らしい葉っぱと香味をもつセンキュウ
生薬の川芎は、セリ科センキュウの根茎を通例、湯通ししたものです。
元の植物にもセリ科独特の芳香があり、その根茎である生薬も、かなりセリ科らしい独特の香りがします。
(2008年東北大学にて)
(2016年9月北海道にて)
昔の書物には「藭芎(きゅうきゅう)」と記載され、現代は「川芎(せんきゅう)」という記載が一般的ですが、これは元々が漢産と国産で品質に差があったことが由来のようです。
川芎の効能
川芎の気味:辛温(からくて温める)
最初の本草書といわれている神農本草経(しんのうほんぞうけい・しんのうほんぞうきょう)には、「芎藭、味辛温、中風脳に入り頭痛するのや、寒痺にて筋の攣り緩急あるのや、金瘡や、婦人血閉して子の無きのやなどを主どる」とあり、
荒木性次先生は、新古方薬嚢の中で「川芎、味辛温、気のめぐりを良くしのぼせを下げ頭を軽くし頭痛を治し月経不順を調へ又は下血を止どめ或いは胎児を安んず、芎藭は当帰と合用せられ諸種の婦人病、昔時の所謂血の道に応用せらる。此れ等は皆気の滞りを散じ血行を順にさせる為と思はれます」とされています。
最後に
当帰芍薬散は、「当帰 芍薬 川芎 茯苓 白朮 澤瀉」の6種類からなります。本日はそのうち主に血の巡りに関わる3つをご紹介しました。
こう見てくると、一言で血の巡りといっても、3つの生薬にはそれぞれの働きがあることがわかります。
当帰(とうき)は、中を温めて血液循環を高める働きがあり、
芍薬(しゃくやく)は、ひきつりやたるみ(血管などの)を調整して血の巡りをよくし、
川芎(せんきゅう)は、気の巡りをよくして、痛みをとったり、血行を改善する。
漢方薬は、配合生薬の組み合わせにより効果を発揮するものですが、それらの一つ一つの特徴が分かってくると、どうしてその漢方薬に配合されているのかという理由もおぼろげながら見えてきますし、漢方薬同士を比べたときに、その働きの妙のようなものが見えてくるのだと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました❣